2013年10月6日日曜日

「月と六ペンス」とサマセット・モーム

そのうち原書で読んでみたい本が、モームの「月と六ペンス」である。
1度読んで、なんとも心惹き付けられたものだ。
フランスの画家ポール・ゴーギャンをテーマにしたフィクション作品である。「月と六ペンス」は、お店の名前で使われる事も多くて、よく耳にした一節となっていた。

主人公のストリックランドがこれまたイケメンなのだ。賛否両論はあるけれど、ここまで奇抜だと面白い。
その豪傑さというか、ざっくりした感じ。それこそ彼の魅力だと思う。
土のついたじゃがいもをふかしたような男で、なんとも男臭く、それでいて熱いのだ。

サンセット・モームと言えば、シンガポールのラッフルズホテル。
モームが「月と六ペンス」を書いていたという。ゆかりが深く、シンガポールにはサマセット駅はあるそうだ。お金持ちなんだね。

メモがてら好きな一節を引用する。

「人間というものがいかに判らないものであるかを知り抜いている今の僕なら、あの年の秋のはじめ、避暑地からロンドンに帰って聞いたニュースにも、もうあのような驚き方はしなかっただろう。突然、ストリックランドが家出したというのである。夫人は悲嘆にくれ、どこかの女とパリへ駆落ちした夫を連れもどしてほしいと僕に頼むのであった。 

僕はパリまで行き、彼に会った。まず驚いたのはまるで悪びれたところもなく、夫人に別に不満があったわけでもなかったのである。僕が、「十七年間も連れ添ってきた奥さんを捨ててしまうのは酷いじゃないか」と言うと、「そりゃ、酷いさ」と、僕の言うことに同意するばかりだ。そこで僕は言ってやった。

「しかし、奥さんを一文なしにして捨ててしまうなんて、よくもそんな酷いことができたもだね」

「僕は十七年間あれを養ってやったんだ。今度は自分の力で食ってみるのも、目先が変っていいじゃないか」

「そんなことはできないよ」

「まあ、やらしてみるさ」 

結局、肝心なことは一点に尽きるような気がした。

「奥様を愛してはいないんだね?」

「ああ、ちっとも」と、彼は答えた。

「子供はかわいくないの?」

「そりゃ小さいときはかわいかったね。だが、今じゃ大きくなっちまって、とくにどうとも思わないね」

「そりゃもう人間じゃない」

「そうかもしれん」

「みんなから嫌われ、軽蔑されても、なんともないの?」

「ああ、ないさ」 

この簡単明瞭な答えは、あまりに侮蔑にみちたものだったので、かえって僕の自然な質問のほうが妙に間が抜けたように思えた。僕はまわりくどい言い方はやめて、事件の核心にせまった。

「あなたが女といっしょに来ているくらいのことはわかってるんだ」 

彼は一瞬はっとなったようだが、突然はじけるように笑い出した。

「なんてけちな了見なんだろうねえ、女ってやつは!朝から晩まで愛だ恋だ。男が行ってしまうと、それはほかの女がほしいからだとしか考えられないんだからねえ。いったい今度のことを、たかが女のためにやるなんて、僕をそんな馬鹿な人間だと考えてるのかね?」

「それじゃ、いったいなんのために家出をしたの?」

「絵が描きたいんだよ、僕は」 

当時まだまだ若造の僕の眼からは、彼などは立派な中年男に見えていたのだ。僕の頭のなかは驚きでいっぱいになった。

「でも、もう四十だろう、あなたは?」

「だからこそ、やらなくちゃだめだと決心したんだよ。それで、この一年ほど前から、ある夜学に通って少しずつはじめてみたのだ」

「いったい物になるものかな?たいていは十八くらいからはじめるんじゃないか」

「僕は十八のときよりも、今のほうが覚えが早いんだ」

「自分に才能があると、どうしてわかったの?」 

彼はちょっと答えをためらった。

「僕はね、描かなくてはいられないんだ。自分でもどうにもならない。水に落ちた人間は、泳ぎがうまかろうとまずかろうと、なんとかして助かろうとする。それと同じだよ」