2014年6月29日日曜日

イタロ・カルヴィノ


私の高校生が終わってからの1年間。好きな文学は不思議なシュールなファンタジーだった。そこで好きだったのがイタリアの作家。イタロカルヴィーノ。

カルヴィーノの主人公たちが、では何をするかといえば、だいたいは次の3つのことをする。
 ひとつ、世界そのもの、あるいは世界にかかわるためのコードとシンタックスをひたすら驚異する。そのうえでモードとセマンティクスに同化する。ひとつ、理論的には際限がない創発性に満ちたハイパーシステムに参入する。つまり、どこかに世界模型(もしくはそのプラン)があれば必ずそこに行く。ひとつ、合複、どんな部分的なメッセージもその発信源にそのすべてのコンテキストが含まれるようなメッセージを交わす。
 カルヴィーノにとって、世界は迷宮か図書館か廃墟であって——このすべてを象徴するものとして「網目」があるのだが——、その最小単位は、たいていは、「襞」か「折れ目」なのである。
 網目があって折れ目がある。ということは、世界はつねに襞や折れ目によって裏切られているということで、このため、遡航、カルヴィーノの地図はいつも地図でありながらそこにいちいち内部をもつことになる。

セイゴオさんの千夜一夜で書かれてて、なるほどと思ったのでした。
http://1000ya.isis.ne.jp/0923.html